東京高等裁判所 昭和63年(う)244号 判決 1988年5月16日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年六月に処する。
原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人平川敏夫、同小島啓達、同佐竹俊之共同作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官松浦恂作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。
一 弁護人の控訴趣意第一について
所論は、原判決の言い渡した懲役二年八月の刑は原判決のした法令の適用から導かれる処断刑の下限を下回るものであるから、原判決には理由不備の違法がある、というのである。
よって判断するに、原判決は、原判示各罪となるべき事実に対する法令の適用として、被告人の原判示第一の所為につき刑法一三〇条前段、罰金等臨時措置法(以下罰臨法という。)三条一項一号、刑法一八一条(一七六条前段)を、同第二の所為につき同法一三〇条前段、罰臨法三条一項一号、刑法一八一条(一七七条前段)を、同第三の所為につき同法一三〇条前段、罰臨法三条一項一号を各適用し、同第一及び同第二の各罪につき、いずれも刑法五四条一項後段、一〇条により牽連犯の処理をしたうえ有期懲役刑を、同第三の罪につき懲役刑を各選択し、以上の各罪につき、同法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条を適用して併合罪の加重(原判示第二の罪の刑に法定の加重)をした刑期の範囲内で、被告人を懲役二年八月に処する旨を判示しているところ、右法令の適用によって導き出される処断刑の下限は懲役三年であるから、原判決は刑を量定するに当り、処断刑の範囲を逸脱して宣告刑を定めた誤りを犯していることが明らかである。そして右の誤りは刑の減軽に関する規定、すなわち、法律上の減軽事由が存しないことの明らかな本件においては、刑の酌量減軽に関する刑法七一条、六八条三号の規定の適用を遺脱したことによると認められ、これは法令の適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことの明らかな場合にあたるというべきである。してみると、その余の論旨につき判断するまでもなく、右の誤りに基づいて原判決の破棄を求める論旨は結局理由がある。
そこで、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、被告事件につきさらに次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
原判決の認定した各罪となるべき事実と同一であるから、これを引用する。
なお、原判示事実第二の被害者に生じた傷害は、被告人の反射的、無意識的行為によるものであって、強姦の手段として意識的になされた暴行により生じたものでないから、右事実につき強姦致傷の成立を認めた原判決には事実誤認がある旨をいう所論にかんがみ、右の点について判断するに、関係証拠に照らすと、被告人は、原判示事実第二摘示のとおり、被害者に対し、同女の口を手で押さえ、「声を出すな。静かにしないと殺すぞ。」などと申し向けて脅迫したうえ、両手で同女の首を締めつけながら、ベットの上に押し倒してその上におおいかぶさり、同女の左乳房を吸ったりする暴行を加え、右一連の暴行を継続中、被告人が乳房を吸いつづけながら同女が一一〇番に電話するのを妨げようとして自らの手首をかまれるなどする過程で、同女の乳頭を強く咬んで原判示傷害を負わせたものと認められ、同傷害は強姦の手段としての暴行の際生じたことが明らかであるから、被告人の右所為につき強姦致傷罪の成立を認めた原判断は相当である。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
原判示の罪となるべき事実に原判決の適用した法令を適用(科刑上一罪の処理、刑種の選択、併合罪の処理を含む。)し、なお、刑法七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で、被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。
(量刑の理由)
原判示第一の犯行は、被告人が乗用自動車で帰宅途中、たまたま被害者が自宅に帰るのを認め、強制わいせつの目的で、同女方の天窓から侵入したうえ、同女に対し原判示の暴行、脅迫を加えて、わいせつの行為をし、これにより同女に対し原判示の傷害を負わせたもの、同第二の犯行は、強姦の目的で、被害者方居室ドアの脇のガラスをコンクリート片で割り、ドアを開けて侵入したうえ、原判示の暴行、脅迫を加え、姦淫の点は未遂に終ったものの、右暴行により同女に対し原判示の傷害を負わせたもの、同第三の犯行は、強姦の目的で、原判示被害者方に侵入したもので、犯行件数は三件に及び、とくに原判示第一、第二の各犯行は、いずれも罪質が重いうえ、その態様が意のおもむくまま大胆かつ悪質で、各被害者に与えた恐怖感、屈辱感には大きなものがあり、肉体的にも軽視することのできない苦痛を与えたものであることなどにかんがみると、犯情は極めて悪く、被告人の刑責はまことに重大である。
しかし、他面において、被告人は、前科前歴もなく、平素は会社員としてまじめに勤務していたもので、本件を反省していること、原判決までに、損害賠償として、原判示事実第一の被害者に対しては一四五万円、原判示事実第二の被害者に対しては一五〇万円がそれぞれ支払われ、右各被害者との間に示談が成立し、各被害者とも被告人につき寛大な処分を希望していること(右各被害者は当審においても同旨の嘆願書を提出している。)、被告人の母、姉らが被告人に対する今後の監督を誓っていること、被告人の母の健康がすぐれないことなど被告人のため酌むべき事情も認められるので、彼此勘案してみると、被告人につき、刑の執行を猶予するのが相当とまでは認められないけれども、右酌むべき諸事情を勘案して酌量減軽のうえ、主文のとおり量刑するのが相当と認められる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岡田光了 裁判官坂井智 裁判官生島三則)